[8]ハリハリ・もの
Terry Pratchett の書く『ディスクワールド』シリーズの登場人物,Nanny Ogg が好んで歌うバラッドの1つだ。彼女は酒に酔うと,あたりかまわず大声でこの歌を歌うらしい。このサビの歌詞を敢えて日本語に訳せば,「ハリネズミのおカマを掘るのは絶対ムリ」とでもなるだろうか。■ ハリネズミの歌・海外篇 ■
− 南京さんの針刺し −
♪その1。
一般には「ハリネズミの歌 The Hedgehog Song」と通称されることの多いこの歌は,そのサビのフレーズそのままに,"The Hedgehog Can Never Be Buggered At All" と呼ばれることもある。テリー・プラチェット
★ Too Trivial! ★♪その2。
Robert R.Collier さんは,こちらのページで,「ハリネズミの歌」のモデルとおぼしき1920〜30年代ごろの歌を紹介している。
★ Too Trivial! ★♪その6。
この唄は、文献初出(1932年)の形では「ゴータムの3人」というバラッドだったが、現在はウェールズ人が主役のものが一般的になっているという。
ゴータム Gotham とは、ノッティンガムの南,約10キロのところに実在する村だが、賢い村人たちが馬鹿な真似をして難を逃れたという伝説があり、伝承の世界では“愚か者が住む村”ということになっている。"the wise men of Gotham"(ゴータムの賢人たち)という表現もあり、上のものとは別の「ゴータムの3賢人」という短い唄は、マザーグースの唄の中でも最も親しまれたものの一つであるという。
北原白秋の訳した『まざあ・ぐうす』では、陽気なウェールズ人の代わりに、「素っ頓狂な南京人(なんきんさん)」となっている。『マザー・グースの唄 −イギリスの伝承童謡−』(中央公論社〈中公新書 275〉,1972.01.)の中で、著者の平野敬一は、これを白秋による翻案と解釈しているが、谷川俊太郎によれば、実は白秋の依拠したテキストそのものが three Chinaman というヴァリエーションだったということのようだ。
![]() |
今までいろんな女の子とつきあってきたが,本当の愛にはまだ出会っていない。
何もかもが順調に運んでいるような気がするとき,彼女こそが探し求めてきた相手だと感じるようなときでさえ,このちっぽけでおかしなハリネズミのやつが,いつもの歌を歌って聴かせるのだ。
「君は知っている,どんな歌だって。だけど君の目に浮かぶのは,哀しみの色だ。あの子の歌ったあの歌は,君には歌えないのだね」と。
(大意)
■ ハリハリわらべ歌 ■
Old Mr. Pricklepin は、「ピーターラビットの絵本」シリーズに登場する、ティギーおばさんとは別のハリネズミだ。シリーズ中の2冊の童謡集のうち、No.22『アプリイ・ダプリイのわらべうた』(ビアトリクス・ポター作・絵,なかがわ りえこ訳,福音館書店)の方に登場する。
もしもジル・バークレイによる「のばらの村のものがたり」シリーズのファンがこの本を見たら,まず表紙に描かれたネズミのアプリイ・ダプリイの姿が「のばらの村」の登場人物たちにあまりにもそっくりであることに驚かされるだろうが、それはたぶんポターのせいでも、アプリイ・ダプリイのせいでもない。
おとしよりの はりねずみさん、原文はこう。
じぶんの はりさし
もったことない。
はなは くろくて
ひげは はいいろ
とねりこの ねっこに
すんでいる。(p.16)
Old Mr. Pricklepin念のため指摘しておくと、Pricklepin と in 、gray と way が、それぞれ韻を踏んでいる。
has never a cushion to
stick his pins in,
His nose is black and his
beard is gray,
And he lives in an ash stump
over the way.BEATRIX POTTER,
APPLEY DAPPLY'S NURSERY RHYMES,
Frederick Warne, 1987, p.22
Pricklepin は「ちくちくピン」という感じ。語感は Tiggy-winkle にも似ている。
※ シェークスピアの戯曲にはクイックリー夫人なる人物が登場するから、プリックリー氏がいたっておかしくはないと思う。beard は顎ひげのことだが、黒っぽい“マスク”を指したものだろうか。挿し絵の Pricklepin 氏は、Tiggy-winkle 夫人以上に、子ダヌキそっくりに見える。後ろ脚にはいた革靴の底をこちらに見せて、爪先を両前脚でつかんでいるが、靴と靴の間からは、小さな尻尾が飛び出している。
ティギウィンクル夫人とかプリックルピン氏とかいった、唇や舌にことさらに込み入った仕事を要求する名前は、語感のおかしさを楽しむ言葉遊びなのだろうが、この場合、ハリネズミの針のピンピンした感じに対応させたネーミングと見ることも許されるだろう。
イントネーションに気をつけながら、Tiggy-winkle, Tiggy-winkle, Tiggy-winkle あるいは Pricklepin, Pricklepin, Pricklepin と唱えてみよう。これらの名前の面白味が、何となくわかってくるはずだ。
『リスのナトキンのおはなし』でのナトキンのなぞなぞとスタイルが非常に似ているところからすると,これは一種の謎かけ歌と見るのが妥当だろう(ついでに言えば,ティギーおばさんとルーシーの物語も,謎かけ歌のスタイルをなぞっている)。以下に拙訳を示す。
ツンツク爺さん ツンツクピンこの歌は、この童謡集の中で唯一の、1ページだけの短い歌である。もう1冊の『セシリ・パセリのわらべうた』の方には、このような1ページ分の短い歌が、何曲か収められている。
針刺し絶対使わない
鼻は真っ黒 グレーのおひげ
道の向こうのトネリコの
根っこの中に いるってさ
なお,この歌は『ビアトリクス・ポターのわらべうた』(“Beatrix Potter's Nursery Rhyme Book”,F.Warne社,1995;取り扱い 絵本の家)のCDで聴くことができる。さまざまな工夫の凝らされた,本当に楽しいCDなので,ポター作品や英語童謡に興味のある方にはぜひ一聴をお勧めしたい。
「プリックルピン」の歌はマリつき歌の仕様で,ボールの弾む音を伴奏に,複数の女の子たちの声により,だんだん速くなる軽快なテンポで,以下のように歌われる。
Old Mr. Pricklepin,結局プリックルピン老は,歌が終わるまでに,計6回もその名を呼ばれることになる。
Old Mr. Pricklepin
has never,
a cushion,
to stick his pins in,
(Ouch!)
Old Mr. Pricklepin,
Old Mr. Pricklepin
has never,
a cushion,
to stick his pins in,
(Ouch!)
His nose is black
and his beard is gray,
And he lives in an ash stump
over the way!
Old Mr. Pricklepin,
Old Mr. Pricklepin
has never,
a cushion,
to stick his pins in,
(Ouch!)
そのほか,本CDには,『ティギーおばさんのおはなし』でティギウィンクル夫人が歌っているアイロン・ソングもちゃんと収められているし,「アプリイ・ダプリイ・コレクション(1905)」(不詳)から取られたという,"When the dew falls silently" という歌もあるが,後者はどうやら,“野生ハリネズミの”ティギ夫人について歌ったもののようだ。
同じく「アプリイ・ダプリイ・コレクション」からの "The mouse's find" という歌には,ティギ夫人とお茶を飲むルーシーの絵が添えられているが,この歌のネズミが見つけた手袋の持ち主ルーシーが,あのルーシーと本当に同一人物であるかどうかは,この歌だけからはわからない。
【関連項目】
・ハリネズミの歌
(1999.07.14. 最終推敲:2002.12.08.)
■ ハリネズミの歌・国内篇 ■
− 僕もオイラも私も君も −
♪その1。
Something Else のアルバム「Y」に,「ハリネズミ」という曲が収録されている。
「僕は最低の 孤独なハリネズミ」というフレーズを含む歌詞には,しかし,愛することによって“自分が”傷ついていることばかりが繰り返され,それに比べると,相手を傷つけることへの念慮は,かなり低い。
「傷ついたっていいよ」というサビには,「ハリネズミのジレンマ」として知られる(「ヤマアラシのジレンマ」ではない)ナルシスティックなリリシズムの中核イメージ,「こんなに傷ついちゃってるボク/ワタシ」が,実にわかりやすく表現されている。
♪その2。
中島みゆきの,演劇仕立てのライブ「夜会」で,「ハリネズミ」という歌が歌われたことがある。これも,“傷つき,傷つけてしまう,どうしようもないワタシ”のイメージ。
アルバムには収められていないが,ライブDVDで聞くことはできる。
♪その3。
マッド・カプセル・マーケッツというパンク・ロック・バンドについて,私の知るところはほとんどない。私の手元にある唯一のCDの収録曲は,いずれも,利己的で威張り屋の大人たちや,彼らが作った腐った社会に対する,何というか微笑ましい悪罵に満ち満ちている。
今後とも,彼らの活動について,私が今以上の知識を蓄えることはないだろう。
さて,私が持っている彼らのCDとは,彼らのメジャーデビューアルバム,「P・O・P」(ビクター,1991.11.21.)である。ジャケットに広がるのは,南の島の,砂浜と青空。さわやかそのものだが,これが実はダミー・ジャケットで,その下からは,死体や髑髏や爆煙の写真をコラージュして,まがまがしさを精いっぱい演出したモノクロ・ジャケットが顔を出す。さわやかなダミジャケの裏面を見ると,「こちらのジャケットはごみ箱にお捨てください」……ふふふ,かわいいよね,メジャーデビューへの気負い。まさに Punk of Punks!
このCDに,「ハリネズミとXX」という曲が収められている。歌詞を見ると,「何をしてると言う赤トンボ」「ただ歩いてる オイラハリネズミ」といったフレーズがあり,どうやら,夜中に外を歩いていて,警察官に職務質問を受けてムカついた経験から作られた歌らしいと想像できる。
「オイラハリネズミ」というのが,この動物の「夜の徘徊者」としてのイメージ−−日本ではほとんど知られていない−−を踏まえたものだとすれば貴重な用例だが,実際はおそらく,「オレにさわるとケガするぜ」的な,トンガった兄ちゃんのイメージなのだろう。警官が赤トンボになるのは,いつの日か,追われてみたことでもあるからだろうか−−いやいや,きっと単に,夜道に光るパトロール・カーの赤ランプを,赤トンボの目玉に見立てたものに違いない。駄洒落にせよ童謡にせよ,パンク・ロッカーにはあまりにも不似合いだから。
さて,著作権の関係で,ここに「ハリネズミとXX」の歌詞を転載することは無論できないが,MCMの英文ファンサイトである Crazy Pill Bazaars で,私家版の英訳が公開されている。以前は何というか不思議な訳詞だったが,その後改訳され,現在は非常にリーズナブルな訳になっている。興味のある方は参照されたい。
★ Too Trivial! ★また,このアルバムの収録曲についてのレヴューは,ここで見られる(ただしこれも英文)。評者は「ハリネズミとXX」のXXを kiss と解したのか,このタイトルは weird だとほめた?上で,曲そのものも上出来の部類だと評している。
こちらのサイトの運営者からは,(彼の訳詞や,日本語トップページの文体についての)私の当時のコメントに関して,マナー違反を指摘するお便りをいただいた。
こちらからは,お詫びと,訳詞の一部の疑問点について説明するメールをお返ししたが,その返信として再度届いたメールを拝見すると,彼の真摯かつ紳士的な姿勢に,こちらがかえって恐縮させられることになった。Thank you, Rob!
確かにXXは kiss に違いないが(絵に描いたようにパンキッシュなイメージだ),よく考えてみると,この歌では「オイラ」が「ハリネズミ」なのだから,曲中でもリフレインされる「ハリネズミとXX」というタイトルの意味するところは理解し難い。よく考えてみることなど期待されていないのだろうが。
♪その4。
大阪で活躍中のミュージシャン,まるおかかずこ さんの曲に,「はりねずみ」というものがあった。まるおかさんのサイトの MUSIC コーナーにあり,リアルオーディオプレーヤーがインストール済みのマシンなら,試聴もできるようだ。直接ジャンプするなら,こちら。
「特別な厄介者である私」としてのハリネズミとは少し違う,「みんな はりねずみ」というイメージ。針を立てているのは,こわがって,無理をしているから。たぶんみんな,そうなのだ。
これも「ハリネズミのジレンマ」系のイメージが前提となっているようだ。
♪その5。
男女2人組のユニット「そら」のサイトである「ガラクタ日記」に,「ハリネズミ」という曲がある。
これも「ヤマアラシのジレンマ」のイメージを前提とするものであることは,最終フレーズから察せられる。
さて,Jポップ?5曲を並べてみて気がつくのは,「僕は最低の 孤独なハリネズミ」「オイラハリネズミ」「わたし はりねずみ / みんな はりねずみ」「君はハリネズミ / 僕はハリネズミ」という,多くはサビ部分に使われる共通のスタイルである。
不安を心の奥深くに隠してギスギストゲトゲする結果,心ならずもますます孤立してしまういたいけな存在としてのボク(そしてついでに,キミ),あるいは,キミへの愛ゆえにチクチクと傷ついてこんなにボロボロになっている可哀想なボク……みたいな感じの,なかなか複雑なイメージを,わずか5文字で表せる「ハリネズミ」という言葉は,考えてみれば確かに,なかなか重宝なものではある。
♪その6。
おそらくは愛媛県松山市内でその活動をスタートしたバンド,「じゃぱはりねっと」。西日本発のインディーズ・バンドとして,着実に人気をのばしてきており,2004年1月にはメジャーデビューすることが決定している。
このバンドの初期の曲に,「はりねずみな男」がある(2002年リリースのファーストアルバム「満ちて来る日々」に収録。ちなみに,「みちてきたるひび」と読むらしい)。作詞・作曲はボーカルの城戸けんじろさん。人生で初のオリジナル曲とのこと。試聴も可。
聴き手へのストレートなメッセージ。ライブでは盛り上がりそうな曲だ。ハリネズミほどにありのままでカッコイイ奴もいねぇ由。ふむむ。
曲中にバンド名「じゃぱはりねっと」も出てくる。このバンド名が何に由来するかは不明だが,公式サイトのトップページにもハリネズミのマスコットが顔を出しているところを見ると,やはりハリネズミと考えて正解なのだろう。
2003年1月リリースの初マキシシングル「物憂げ世情」のジャケットでも,ハリネズミが夕焼けを眺めながらたそがれている。さらに,2003年6月のツアーは,「はりねずみ前線北上中〜旅〜2003」と銘打たれている。
♪その7。
テレビで放映され,映画化もされたアニメーション「新世紀エヴァンゲリオン」のサントラCD『EVANGELION−THE BIRTHDAY OF Rei AYANAMI』(キングレコード,2001.03.,1,905円)には,「Hedgehog's Dilemmma」というテレビアニメの挿入歌が収録されている。2分51秒。
♪その8。
たまにはポケてみよう。はりねずみさんの歌。
(2002.03.?. 最終推敲:2003.12.12.)
■ ハリネズミの詩 ■
★その1。
ベルギーの詩人モリス・カレーム Maurice Careme 1899-1978 に,次のような詩がある。
この詩を見つけてきてくれたニワトリ氏によれば,ウェブ上のあちこちに掲載されており,けっこう親しまれている作品なのではないかとのこと。
Le herisson
Bien que je sois tres pacifique,
Ce que je pique et pique et repique,
Se lamentait le herisson.
Je n'ai pas un seul compagnon.
Je suis pareil a un buisson,
Un tout petit buisson d'epines
Qui marcherait sur des chaussons.
J'envie la taupe ma cousine,
Douce comme un gant de velours,
Emergeant soudain des labours.
Il faut toujours que tu te plaignes,
Me reproche la musaraigne.
Certes, je sais me mettre en boule,
Ainsi qu'une grosse chataigne,
Mais c'est surtout lorsque je roule
Plein de piquants sous un buisson,
Que je pique et pique et repique,
Moi qui suis si pacifique,
Se lamentait le herisson.
Maurice Careme (1899-1978)
ハリネズミ
私はとってもおとなしいのに
刺して刺してまた刺すの、
とハリネズミは嘆くのでした。
友達は一人もいないし
まるで草の茂みみたいなの、
スリッパ履いて歩く
とげだらけのちっちゃな茂み。
いとこのモグラがうらやましい、
ビロードの手袋みたいに柔らかくって
耕す先から顔を出す。
あんたは不平ばっかりだ、
とトガリネズミに叱られます。
そりゃあ私は丸まって
おっきな栗みたいになれるけど
でも茂みの下でとげだらけで
転がってるときがいちばん
刺して刺してまた刺すの、
私はこんなにおとなしいのに、
とハリネズミは嘆くのでした。
モリス・カレーム(ニワトリ訳)
「とってもおとなしいのに刺して刺してまた刺す」とは,単純にハリネズミの性質を写したものなのかもしれないが,それよりは,たとえば,悪意はないのに他人によい印象を与えないある種の人格と重ねて見るべきかもしれない。
カレームには明らかに動物学的な知識があると思われる。ハリネズミ・トガリネズミ・モグラはいずれも食虫目で,またヨーロッパを含む広い地域に分布し,6科からなるこのグループを代表する3科でもあるからだ。
★その2。
ルナールの『博物誌』をご存知だろうか。
そんなタイトルは記憶にない,という人でも,以下の作品は,どこかで一度くらい目にされたことがあるかもしれない。
蛇
長すぎる。
古今東西でおそらくは最短の詩,と目されるこの作品は(ただし実際には,この作品はおそらく「詩」として書かれたものでも,読まれてきたものでもない。むしろ,マキシム(箴言)や広告コピーに近いものと見た方がよいかもしれない),『にんじん』の作者として知られるフランスの作家ジュール・ルナール RENARD, Jules 1864-1910 のもう1つの代表作である,『博物誌 Histoires Naturelles 』という短文集から取られたものだ。
この中の「はりねずみ」という作品については,すでにr2_d2さんのサイト "hedgehogs" で紹介されており,私自身このサイトではじめて知ったものだが,訳注も併せてここに再録させていただく。
はりねずみ前者はふだん戸外でハリネズミの姿を見知っている人以外にはポイントの見えにくい作品である。足が見えないので,靴だかブーツだかハダシだか,門番が言葉に詰まるということだろう(ヨーロッパのハリネズミのヌイグルミには,通常は目にふれない脚を,最初から作っていないものが少なくない)。後者はおそらくフランス語の地口だろう。
1
「よく拭ってください、あなたのそのう……」
2
「おれがたちのよくない男だってことを覚えとけ。おれを怒らしたら、とんでもねえことになるぞ」
注1 門番がはりねずみに、足を拭ってくれとたのもうとして、はりねずみの足が見えないので口ごもっているのである。これは、フランスの建物の入り口によく書いてある「靴をよく拭ってください」という言葉をもじったものである。(ルナール,辻 昶 訳『博物誌』岩波書店〈岩波文庫 赤553-4〉,1998.05.)
注2 同時に、「おれをつかまえても、ぎゅっとにぎったらだめだぞ」という意味をふくんでいる。
ここ(作品2)でのハリネズミは,はっきりと「男」としてとらえられているが,同じフランス語によるハリネズミの独白として,先に挙げたカレームの詩との対照が面白い。
なお,『博物誌 Histoires Naturelles 』は,ルナールが新聞・雑誌などに発表してきた動物に関する短文やその他の作品を,あとになって一本にまとめたもので,1896年に初版が刊行された後,版を重ねるごとに増補されていった。当時の決定普及版である1904年の版に拠った岸田国士訳(新潮文庫)には,「はりねずみ」は収められていない。
★ Too Trivial! ★★その3。
ジュール・ルナールの名は本名だが,この RENARD という姓は「キツネ」を意味する語だ。ハリネズミ氏がいたりキツネ氏がいたりするフランスという国は,なかなか楽しそうだ。「ルナール」氏の名から,中世ヨーロッパの『狐物語』の主人公を思い出される向きも多いだろうが,この語が「キツネ」の意味で用いられるようになったのは『狐物語』以後のことで,それ以前は別の語が使われていたらしい。
なお,文壇の寵児となったルナールは,自身の作風を模倣する輩について意見を求められたとき,
「そういう連中をプティ・ルナール(=小ギツネ)族というのさ」
と答えたという。
和物。
『歌詠もう会』会誌第10号(1999.07.02.)『雨』中,Alice さんの作品の末尾,Scene4。
系統としてはカレームの詩と同じだが,ミニマムに,またぐっとリリカルに煎じ詰めたもの。
ハリネズミであるということは,それだけで「ごめんなさい」なのだ。
(2002.03.06. 最終推敲:2002.08.17.)
■ ハリネズミの折り紙 ■
★その1。
中川幸治さんのサイトでは,中川さんによる作品「ハリネズミ」の完成写真,展開図,折り図を見ることができる。
「ミウラ折り」を利用してハリネズミのトゲトゲ感を表現した立体的な作品で,前川淳氏の「孔雀」を折っていたときに着想されたものだという。創作は2001年5月。口,耳,尻尾,前後肢に3本の指までそろった精緻な作品だが,「折り紙をはじめて以来初めて気に入った形になった作品」とのこと。
折り図は108図から成り,創作の苦労もさることながら,折り図製作の大変な手間も忍ばれる。
ハリネズミ好きなら一度は挑戦してみたい作品といえるだろう。
★その2。
アメリカで2000年9月に開催された「南東部折り紙フェスティバル2000」の出品作の写真を展示したサイト中,フランスの Eric Joisel 氏の作品コーナーでは,サイ,オンドリ,ペガサスなどの驚くべき立体折り紙とともに,氏のハリネズミの作品の写真が見られる。
耳はないようだが,3本指を備えた四肢,立体的な顔,特に先細りに尖った鼻先と,顔面に微妙な凹凸をつけて表現した眼が素晴らしい。ハリは無数の蛇腹折りで表現されている。折り図を見ることができないのは残念だ。
同作品の写真は,瞠目すべきオリガミ・サイト Joseph Wu's Origami Page 中の Eric Joisel コーナーでも見ることができる。いずれも,ハリネズミは単体ではなく,親子4体で展示されているが,親1体,仔3体という構成が,作者のハリネズミの生態についての正しい知識を物語っている。
★その3。
Tony O'Hare 氏による,ごく簡単なハリネズミ(平面)の折り図はこちら。
ほとんど輪郭だけで表現されており,慣れれば5分もかからないだろう。子ども向き。
こちらからフランス語の折り図を見ることができる。
★その4。
「折紙探偵団新聞」掲載作品集4に,高田欣幸氏による「はりねずみくん」の見取り図がある。
掲載されたのは「折紙探偵団新聞」の24号で,制作は1993年。新聞に掲載された折り図は7面であり,見取り図をみても,わりに簡単な構造の作品と思われる。
★その5。
ヨーロッパの伝承ナプキン折り?のハリネズミはこちら。比較的シンプルながら,これも立体的な作品だ。折り図はない。
★その6。
こちらのページによれば,ドイツの折り紙雑誌 "der falter" の12号(1993.10.)には,Kunihiko Kasahara 氏による,ハリネズミを含むいくつかの動物作品が掲載されているとのこと。
(2002.04.13. 最終推敲:2003.09.10.)
■ ハリネズミのケーキ ■
スライスアーモンドまたはアーモンドスリーバードをハリに見立てた「ハリネズミのケーキ」の和文レシピは,こちら と こちら。(ところで,スリーバードって何?)
英文のレシピは,オーストラリアのサイトにあったこちらのページ。
ハリネズミをペットにしているカナダの Geoff Loker さんは,奥さんの誕生日に,右のような見事なケーキを作った。ハリは,Cadbury 社の "Flaky" bar のかけらで表現されている。
Loker さんのサイトは,こちら。彼がハリネズミのメーリング・リストのために作った,あきれるほどたくさんの filk(替え歌)も,ここで見ることができる。
ハリをマーブルチョコのようなもので表現することもできる。左の,これもCadbary 社のチョコを使ったチョコケーキは,Win's Pantry 内のこちらのページで見つけたもの。ついでに,トップページでハリと並んでいるピカチュウ・ケーキも,一見の価値ありだと思う。
お店で売られているマーブルチョコ・ハリネズミ・ケーキの画像は,英国のこちらのページで見られる。ハリネズミの形はさすがに堂に入ったものだが,この,ある意味いかにも英国らしい,なーんにも考えていない html は,もう少し何とかならないものだろうか……とか思ってたら,閉鎖されちゃいましたね。あ〜あ。
こちらとこちらもハリケーキ。
Mandy's Cake Shop でも,Hedgehog Cake の作り方(英文)と、右へ左へ走り回るかわいらしい cake のアニメーションを見ることができたが,現在はアクセス不能になっている。
画像を落としておかなかったことが悔やまれる。
英国の Adrian McEwen 君のサイトには,右のようなケーキが。
(2002.04.11. 最終推敲:2004.05.03.)
■ 点心 ■
“DORAYAKI”のらせうさんが2003年9月に「いぬ小屋BBS」で教えてくださった,こちらのサイト。
2002年11月の日記で,渋谷センター街の“すごい勢いで湯気が出てる”中華マン屋さんで,ハリネズミ型の「ポテマン」を買って食べたとあり,写真まで掲載されている。
数日後,さっそく確かめに行く−−らせうさんのおっしゃるとおり,“すごい勢いで湯気が出てる”といえば,あの店をおいてない。センター街の一番大きな4つ辻の右側の角にある手づくり点心屋「茶寮(さりょう)」。
確かに,店先の張り紙に「ポテマン」の文字はあるが,ハリネズミのハの字もない。半信半疑で「ポテマンを」とオーダーすると,店員さんがフタを持ち上げた巨大蒸籠の中には,ハリネズミ型の「ポテマン」がわんさか! ……これは反則だろう。まさかあんなところにハリが隠れているとは,どんな凄腕ハンターでも見抜けるまい。
1個200円,3個500円。名前からすると,中の甘い餡は芋餡だろうか。甘栗が1つずつ入っている。
残念ながら,「茶寮」は2003年10月に廃業してしまったため,渋谷のポテマンは,幻となってしまった。
点心といえば,新潟県の西蒲原郡巻町にある「チャイニーズレストラン 龍門(りゅうもん) 巻店」では,「針鼠包(ハリネズミ包)」が食べられる。外側は饅頭の皮で,中はカスタードクリーム。蒸したものと揚げたものと2種類がある。1個200円。
新潟総合テレビ(フジテレビ系)の土曜夕方6〜7時の情報生番組,「スマイル・スタジアム」で,2003年7月12日に放映された,「舌戦グルメスタジアム“点心”対決」では,北村史子ナビゲーターが「竜門」巻店を取り上げたが,その中でこの「針鼠包」が紹介された。「スマイル・スタジアム」のサイトに出たこの情報を見つけてきてくださったのは,これまたらせうさん。
漢語では「針鼠」の文字は使わないはずだから,もし文字にするとすれば「刺蝟包」とでもするべきところだろうが,「龍門」のメニューでどうなっているかは不明である。
さらに,大阪府豊中市のショッピングセンター「セルシー」内に2002年5月にオープンした「千里中華街」の一店「皇華」では,いろいろな動物の形をした点心が販売されているが,その中にハリネズミの形をした「玉子饅頭」があるという。
これは“MICRO SYSTEM”のみっくさんの,2002年6月のダイアリーで紹介されていたものだが,発見者はやっぱり……らせうさん。
ほかに,長崎中華街の東映インにある「桃花源」系列の店「豆花」では,ウサギ饅頭やハリネズミ饅頭を扱っているという。こちらのページ参照。
かつて Casa de Harico の はりねずみGOODS のページでは,香港の料理屋で出てきたというハリネズミ型の饅頭の三面図を見ることができたが,残念ながらこのサイトは,すでに閉鎖されてしまっている。
ともあれ,香港がハリネズミ型の中華饅頭のルーツの1つであることは間違いないようで,こちらのウェブページでは,ガイドブックに載っている「映月樓」のハリネズミ点心の写真を見ることができる。さらにこちらによれば,「映月樓」は尖沙咀にあり,ハリネズミ点心はその名を「[女乃]黄刺豬」という揚げ饅頭であるとのこと。中身はカスタードだというから,上記「龍門」の「針鼠包」のルーツはこれだろうか。このサイトでは,この「[女乃]黄刺豬」の中身の様子も見ることができる。
さらに,こちらによれば,上環の「金龍船」という店でもハリネズミやタコなどの創作点心を出すようだ。
千葉県柏市に店舗を構える西安宮廷料理の店「吉鳳園」では,さまざまな変わり餃子を出すが,その中にハリネズミ餃子がある。このハリネズミ餃子は,池袋のサンシャインにあるナムコナンジャタウン内「池袋餃子スタジアム」で2002年11月〜03年1月に開催されたスペシャルイベント「世界餃子フェスタ」で,金魚餃子などとともに「四種宮廷餃子」として実演販売され,呼び物となった。通常の「スタジアム」の同店の出店では販売されていないが,店先では模型が公開されている。
ところで,饅頭や餃子ではないが,江蘇省無錫市の錦華大飯店では,ハリネズミを模したスズキの活け作りのような料理を出している。
(2003.09.22. 最終推敲:2003.12.12.)
■ ハリネズミの岩 ■
こちらとこちらのサイトに,アルジェリアの「ハリネズミ(またはブタ)の岩」の写真がある。
(2003.09.08. 最終推敲:2003.09.08.)
■ ハリネズミの夢 ■
ぱうだぁさんのサイトによれば,夢に出てくるハリネズミは,過剰な防御を意味する。
1匹なら,それが自分でも他人でも,心を閉ざした状態を表し,2匹いる場合は,傷つく(あるいは傷つける)ことを恐れて近づくことのできないカップルを表す。
既存イメージどおりの,ストレートな占いだ。
それに対して,青山白蘭さんのサイトによれば,ハリネズミの夢は“商売の失敗”を表すとのこと。
ふうむ,どちらにせよ,ハリネズミはあまり縁起のよい動物ではない,ということのようだ。
(2002.04.14. 最終推敲:2002.04.14.)
■ ハリハリ・ジョーク ■
『動物トンデモ雑学BOOK「ふん!」』(マイケル・パウエル文,デーヴィッド・モスティン画,北代晋一 訳,講談社,2002.09.)は,動物関係の豆知識を紹介した子ども向けの本。原著は英国の本だが,面白さを主眼として,挿し絵も思いきってコミカルなものとし,(タイトルにも端的に現れているように)ふだん本などあまり読まないような子どもが喜ぶような,排泄物や殺人動物などのネタを強調しているが,実際の内容はそれほどお下劣というほどでもない。とはいえ,原題“DUNG: A festering pile of fantastic facts and gross animal antics”に合わせて描かれた表紙いっぱいのフンの山には,なかなかインパクトがある。
さて,この本に,ハリネズミの一口ジョークが載っている。
ハリネズミが道を渡ったの,どうしてだ?……おそらく原著では,「道を渡った」は,「通りの向こう側に移動した」という意味の言葉を使っているのだろう。moved across the street とか何とか。つまり,「通りの向こうに移る」という言葉の,「道を横切る/向かいに引っ越す」という double meaning がジョークのネタになっているわけだ。
−−向かいのアパートに引っ越した。
そうでなければこのジョーク,面白くも何ともない。
もちろんこれがジョークとして成立する前提は,英国人なら,道を“横切る”ハリネズミの姿を,お互いによく知っているということだ。
あらためてハリネズミが move across the street するわけを“Why?”と尋ねられれば,「え,そりゃ餌を探すためでしょ」とか「あ,逆に,巣に戻るためとか?」などと答えるだろうが,実は「通りの向こう側に移動した」という述語部分の方がポイントだったわけ。
「いや,向かいのアパートに引っ越したのさ」というオチを聞かされた相手は,一瞬きょとんとした後で,この肩すかしに気づいて笑い出すのだろう。
……念のため言い添えておくと,ここで日本人たるあなたが,このジョークの解説に対してとるべき唯一の正しい反応は,「うんざりする」ことである。
うっかり正しい反応をとり損ねてしまった方には,もう1つのハリハリ・ジョークを試してみてもよいかもしれない。
その後,2003年5月に,カーター卿より,ウェブ上で見つけたハリネズミ・ジョークをご教示いただいた。
◆ 小話 《ハリネズミの青春》
ペットショップで若いハリネズミを買って来た。
ある日、ハリネズミがオリから逃げ出していることに気づき家中を探し回った。
とうとう見つけたとき、ハリネズミは台所で亀の子タワシに語りかけていた。
「今度、星の見えるバルコニーで、一緒にペットフードを食べようよ。」
http://2doki.com/mei_bak18.htm(2001.1.20.)
# 例のジョーク画像を思い出させる。
◆ ハリハリジョーク(下ネタ)
http://www5.ocn.ne.jp/~leskov/sexy.htm
◆ オーストラリアのハリネズミジョーク
その1
『バンパー・ステッカー』
もしもこれが読めて、しかもオーストラリア人だというのなら、あんたはうそつきだ。
もしこれが読めて、君がハリネズミなら……速度を落とせ。
その2
問: 道路でぺしゃんこになっているオーストラリア人とぺしゃんこになったハリネズミ の違いは?
答: ハリネズミの前にはブレーキをかけた後がある。
http://members.fortunecity.com/msato/fools2.html
# 英語版を見ると,これらのジョークに登場するのは,確かにハリネズミである。 つまり,これらの「オージー・ジョーク」は,オーストラリア以外のどこか−−おそらくは英国−−で語られたものである可能性が高い。……当然と言えば当然だが。
★ 以下の2つのジョークは,「ハリネズミ」と訳されているが,実際にはヤマアラシ(porcupine)に関するものである。ハリアラシ錯誤の好例と言ってよいだろう。
◆『治療が必要になるわけ』
カッター先生は地元の獣医で、ひねくれたユーモア感覚の持ち主として知られていた。
ある夏の日、ハリネズミに手を出した都会の犬が持ち込まれたとき、実に見事なせりふを 言った。
一時間に及んでこじたり引っ張ったり縫いあわせたりした後、先生は犬を飼主に返した。
飼主は、おいくらですの、と尋ねた。
「三十ドルですよ、奥さん」
「まあ、とんでもないわ! 」相手はいきまいた。
「あなたたちメイン州の人たちときたら、いつでも避暑客から少しでも余計にもうけよう とするのよね。
いったい、冬はどうしてるの、わたしたちがここに来ていないときは?」
「ハリネズミを育ててるんですよ、奥さん。」
http://members.fortunecity.com/msato/clean7.html
◆ 英語のジョークのひとつの型
What do you get if you cross A with B?
AとBを掛け合わせたらどうなる?
(例)What do you get if you cross a gorilla with a porcupine?
You'll have a lot of room at a soccer game.
ゴリラとヤマアラシを掛け合わせるとどうなる?
サッカーの試合をゆったり座って見れるでしょう
http://www.ikeda.osaka-kyoiku.ac.jp/~higuchim/komichi.html
カーター卿,ありがとうございました(_ _)。
(2002.12.14. 最終推敲:2003.12.12.)
■ ハリネズミの短歌 ■
岩野礼子さんによる、ハリネズミを詠み込んだ英文俳句とその和訳については、「英国ハリネズミの受難」の項でご紹介した。
ここでは、ハリネズミが詠み込まれた(と言っても、言葉の上だけでのことだが)短歌をご紹介する。
週刊文春1999年3月25日号の短歌コーナー(近藤芳美選)に載った作品だが、例によって、作者と出版社には無断での転載である。針鼠といわれし幼き冬の日の父の外套紺色深く(愛知県 浅野 美紀さん)
ここでの「針鼠」は、前項の“ツンツン系”に当たるものと思われる。髪を短く刈っていた、昔の子どもの頭ではないだろうか(作者の名は、読み方によって男名前とも女名前ともとれる)。
冬のある日、一緒に歩いていた父親が、刈った毛のちょっと伸びかかった息子の坊主頭を見て、ぽつりと一言。
「……その頭、まるで針鼠だな」
何の気なしに発した言葉であっても、こういう科白を、子どもは奇妙に忘れない。父が普段寡黙な人であったり、一緒に出歩くこと自体がまれであったりすると、なおさらである。
このとき父親は、立った髪を押しつぶすように、息子の頭をグイと撫でたりしたかもしれない。叱られたとも、からかわれたともつかず、ちょっと戸惑って見上げた父の外套の色の深さまでが、情景の一部として、今も記憶の片隅に染み着いている……そんな感じの歌だろうか。
父の言葉は、もっとぐっとユーモラスな風合いのものだったととることもできる。日の入りの早い冬の夕べ、何だか機嫌よさげな帰宅途上の父とばったり。出会い頭に「よっ、針鼠」と手を挙げた父のコートを染める夕闇の色……
また、これを“ツンケン系”の「ハリネズミ」と解釈すると、歌の読み方はまたガラリと変わるだろう。
(1999.07.08. 最終推敲:2001.09.06.)